華志笑の心の通信記録

日々を書き留めた雑記ブログです。

コミュニケーションって奥深い

モテない人間が、配信をはじめてみても、モテない。

これは、まぎれもない事実だ。

 

配信とは、パフォーマンスだと私は思っているんだけど、生配信、ライブの場合、コミュニケーション能力が強く求められる。

 

この場合、配信主が、先に見せたいものを見せ、喋りたいことを喋ることで、先にボールを不特定多数に投げていく。

 

で、ボールを投げ返したい人がいたら、ボールを投げ返してもらえる。

それだけなのだ。

 

そのボールをいつどこで投げ返してもらえるかなんて、相手の気まぐれでしかなくて、強制なんか出来ない。

のだけど、コミュニケーションに飢えている、モテない人は、ついつい、ここで欲しがる。

 

欲しがる前に、欲しいものを他人に与えていく。

ただし、見返りを求めない。

見返りを求めたら、それ、ただの脅しやからね。

だったら、施しを受けない方がマシだから、怖くなって逃げてしまう。

ますます飢えていくと、ついつい渇きを癒そうとして、求める。

これでは、悪循環でしかない。

 

だから、まずは、自分の渇きを自分で癒すこと。

いわゆる、自立。

この自立とは、頼る先を無限に増やしていくことでもある。

頼る先が少なければ少ないほど、依存になるから。

 

まずは、リスナーとして、他の人のコメントの渇きを癒してみるのも一つだけど、自分が見てて面白くてたまらない、有能なところに出入りしなきゃ意味がない。

いや有能なってのは、今すでに有名だという意味ではない。面白くていいなぁと思う人を増やすってこと。

 

まぁ、そうなると、コメントがすでにたくさん流れてますやんってところに出入りする確率が増えていくんやけどもね。

 

まぁ、まずは自分が受け手として楽しむってことよ。

そうすると、自ずと、コップが溢れて、やりたいこと好きなことやってても、ついてくる人があらわれてくる。

 

ファンが入れ替わるなら、それはそれで追いかけないことよ。

その人の暮らし、自由を尊重していく、ってこと。

 

昔からの馴染み、これは、いわば、時の流れの中で磨かれた仲なわけやけども、こうなれる人と、あっさりやめる人を見分けられるわけじゃない。

だから、まずは、不特定多数、そして、ついてくる人を大事にする。

だけど、ついてくる人に追い縋らない、こだわらない。

そういうあっさりさと情熱を両立させることかな。

 

そしたら、自然と、縁がある人には、ついてきてもらえるし、自分もついていこうと思える。

 

人間関係は、奥が深いよ。