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華志笑の心の通信記録

日々を書き留めた雑記ブログです。

どんな自分でありたいか?どんな世界にしたいか?

己の力で切り開く。

一言でいうのは、簡単だ。だけど、行い続けるのは、時に折れ、時に苦難にあうかもしれない。そもそも、己のことがわからなくなるときだってある。

そんなとき、こうなるかもしれない。

自分の軸を持たずに、流されて多数に従って生きれば、問題を見ずにすむし、人のせいにして責任転嫁すれば、本当に楽チンでいい。

それもまた、世渡りのひとつなのは確かではある。とりあえず生き延びていけるから。

 

だけど、そうやって生きることは、幸せなのだろうか?

なんとなく、埋まらない何かを、足りぬ足りぬと文句をつけながら生きる様を見る限り、他人任せの生き方には、幸せはないように思うが。

それでも、これが幸せなのだと、自分をごまかして生きるには、もう色々壊れすぎていて、変わりすぎている。

今、お金がないとなげく人がたくさんいる一方で、本当にお金を持っている人はお金の使い道がないからと溜め込んでいく。

お金が天下に回ってこないのは、本当にもったいない。どうしたら、お金は天下に回っていくのか?彼らはお金を天下に回したくなるのか?

そう考えてみたら、やっぱり、もう他人を気にして生きるのではなく、自分のやりたいことをやってみて、自分に従って生きてみる、という生き方をやってみてもいいのではないか?

 

どうしたって問題だらけなのは、どんな世界であっても一緒で、どんな時代でも変わらなくて、途方にくれてしまう。

 

それでも、私はどう生きるのか?

 

他人の悪口で生きるのか?

それは、狭間にたたされたものを苦しめるだけで、何の生産性もない。

私は、あなたは、どう生きるのか?

それは、どんな世界にするのか、どんな時代にするのか、どんな世の中にするのかにも、通じていく。

 

自分の思いを主軸にして生きる、ということは、そういうこと。

時代をつくる側、世の中をつくる側に、回っていくということ。

そして、自分で時代を切り開く。

自分で自分をつくるのだ。

 

己の力って、案外強い。

私が特別パワーに溢れているわけではない。

確かに、生まれつきのパワーの差はあるかもしれないけれど、本当にパワーがないならば、この世界に生まれ落ちてくることすら、かなわないのだ。今、この瞬間でも、生きて生まれてきてほしいと願われながら死んだ赤ちゃんだっている。

生きて生まれてくる、生きて育つ、成人し、老人になっていくのは、決して当たり前ではない。

だから、今生きているあなたも、私も、意外とパワフルな存在なのだ。

なんで生きているのか?

せっかく生きているのだ。

長くて短い時間を、なにもせずに生きるのか、様々な存在をつくり育てていきながら生きるのか。

 

決めるのは、これを読んだあなた。

あなた自身の人生については、あなたしか決められないからね。