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華志笑の心の通信記録

日々を書き留めた雑記ブログです。

神様は、無口なのさ

チャネリングやら偶然やらで聴こえる声は、まず神様じゃないです。

神様をかたっていても、未来予言して当ててきても。

 

本物の神様は、声なんかきかせません。

あっちを見せたり、こっちに行かせたりして、体験させようとします。

 

で、チャネリングで低級霊に取っつかれることすら、実は体験です。

甘えんじゃないよ、ってことね。

自分のやりたいことはなんだ、ってところを突き詰めろってことね。

そして、人のせいにしないで、責任持とうね、と。

 

とはいえ、ブログネタとしては、面白いんだよなぁ。

 

つかれるから、お祓いして、寄せ付けないのが一番なんだけどね。

悩まず、考え込まず、行動していく、断る時は断る……。

 

悩まず、考え込まず、が中々出来ないよね。

自問自答していたら、ついついつけ込まれる隙が出来たりね。

 

定期的にエネルギー循環させて、追い出していく、のが最善かなぁと、今のところ思っています。

 

女が感じるのは、そこじゃない。

未だに、デカイ男性器なら女がよろこぶという誤解をする馬鹿な男がいる。

はっきり言おう。

夜の時、気持ちよく感じるのは、心のやり取りがあるからだ

女は、男以上に心のやり取りに敏感なのだ。

だから、女性向けの恋愛コンテンツは、全て心のやり取りを中心に描写しているし、まどろっこしいようにみえる位プロセスがやたらと長い。

女という生き物は、プロセス、過程が大事な生き物なのだ。

逆にいうと、過程が楽しかったら、結論がどうなったっていい。極端に言えばね。

それが、女の本能。

 

これから、段々、女性性の時代になるという。

ということは、女性という生き物の考えそうなことを、本当の意味で理解することが、これからの時代に対応するために必要なこと。

 

今は、時代の変わり目なんだ。

今日の予定

今日は昼から体験レッスンさせてみる。

でも、よくよく考えたら、今月厳しいんだった。

でも、ピアノ練習中とか、家事出来るよなぁ、なんて。

自分もやりたいし。

てか、自分がやりたいし。

やりたいことをやるかー。

異常な性欲

最近の性欲の湧き方が異常だ。

毎日毎晩相手してもらったとしても、ずっと発散したくて、出したくて、ボーッとする。

 

出したくて、というのが、どこか男性的だ。

私は女やけども。

 

これは、ひょっとして、ツインとの再会が近いのかもしれない。

今の私は、再会したとて、冷静で居られるとは思うが。

 

私は、認めるのがこわくて、あり得ないとすら思っていた。

段々、受け入れ、人生が変わっていくことに、神様のシナリオにのっかる覚悟をゆっくり固めているんだと思う。

 

確かに、会うだけで楽しいと思うが、同時にこわくてたまらない相手でもある。

何も知らなかった頃から。

 

私は、最後の最後まで、魂の浮気という合法な恋愛や結婚を楽しみたいのかもしれない。

 

相手は、魂の許嫁なのだから、宇宙に帰る日がきたら、嫌でも何回でもずっと一緒にいる羽目になるのだから。

 

なにがなんでも、ツインレイと結ばれなくてはというのは、ある意味誤解なのではないか。

確かに、そのような気持ちがわく相手ではあるが、同時にこわくて、どうしようもない相手でもある。そして、結ばれることが正解かどうかすら、人それぞれなのだ。

 

地球に居てる間くらいは、今の家族や友達との関係を楽しみ、作り上げていく。

 

地球の転生最終の魂だとしても、ずっとツインレイと一緒にいることにこだわる必要はない。

 

ツインレイは、魂の許嫁、だからこそ。

 

地球での転生では、私たちは前世の記憶を無くして生きていくけれど、宇宙に帰ると、ずっと前世の記憶をもったまま転生を続ける。

だから、嫌でも浮気なんか出来ないし、誰かを傷付けるなんて、もっと出来ない。

ある意味楽園ではあるけれど、楽園にずっといると、飽きてしまう。

なれてしまう。

 

それで、楽園から、あえて苦しみという刺激を求めて、ここに降り立ってきた。記憶を忘れてしまうことも、折り込み済みだった。

そしたら、記憶を忘れたことで、中々帰れないまま、ずっととどまる魂が増えすぎた。

そこで、帰り道を思い出してもらい、帰るヒントを思い出してもらい、帰る魂を増やす必要が出てきた。

 

最低五万人は、私の発信する内容から、魂の帰り道を思い出してもらう必要があって。

だけど、魂の話を嫌がる人に無理矢理、魂の本質を語るわけにはいかない。

そこで、じゃあ、目に見える言葉と、耳できく言葉と、言葉じゃないことと、関係がないシンクロと、素と、ありとあらゆるやり方を試すことにした。

 

五万人ひとりひとりに、個別で会って話すのはきりがない。

だから、出来れば、どんな記憶でもいい、気付いてほしい。

 

ま……十万人は引き連れていくつもりやけども。

 

核家族では、あまりにも大変で、情報も人手もないゆえに行き詰まることも、何世帯かの連携であれば、億単位で育てあげていけることも、ある。

 

確かに、このまま、人のせいにして生きるのは楽だ。

私も、時々、いや、しょっちゅう無責任に人のせいにしてしまう発言をしたり、発散をする。

だが、何事も、私の選択なのだ。

だから、中途半端な覚悟ではなくて、貫き通してこそなのだ。

 

私は、私の今出来ることをする。

やりたいことは、出来るようにする。

 

確かに、我慢も必要なのかもしれない。

地球で生きていくならば、我慢が必要なのかもしれない。

しかし、自分の魂の役割すら忘れて、ずっと我慢していたら、どうなるだろう?

 

一時の我慢は、周りを幸せにしてくれるかもしれない。

しかし、我慢の内容が、ただの地球の掟という不完全な人の決め事に従うためならば……その人は、病気になったり、周りに重い空気をずっと撒き散らしたりと、結局周りを不幸にしてしまう。

 

それは、結局、誰も幸せにはならない。

だったら、中途半端な我慢や不安を内にとどめるのではなく、発散をさせてみたり、可能な限り、実現を目指してみたりした方が、幸せになれる。

 

私やあなただけじゃなく、周りも、皆。

 

重い不安の気持ちを癒すのは、他でもない私自身であり、あなた自身である。

 

言葉が、全世界に届く時代だからこそ。

言葉の壁をこえた表現が必要なのではないか。

 

それは、音楽、絵画、写真、ダンスにありそうな。

もっと勉強する必要を感じている。

 

私と僕。

僕は ずっと 最後は、君に拒まれて

それでも、しがみついて

もう ボロボロだ

 

それでも、僕は 泣きながら

君が好きって 思ってしまう

 

どんなに めんどくさくても

君だけは

 

私も 泣く あなたは 辛い

乱れる 激しい感情が 流れ込んできて

 

私まで 激しく 追い求めたくなって

だけど わからなくて

いや 私の周りを こわして 傷付けるのは

あなたの 本望では ないから

 

あなたが、血を流しているのに

どうして 私は 笑えるの?

まずは あなたの 血を 止めなきゃ

どうにも ならないのに

それは

 

正解は なんだろう?

わからないまま

たぶん ないまま

最後の テスト

二人一組の 卒業論文

 

神様に 言われた期限までは

地球という 大学で

遊ぼうか

二人で

 

きっと 苦しくて

苦くて

甘い 魂の青春

 

平行線な 会話してても

好きになりたくて

好きになっていて

 

わかりたくて

ひとつに つながりたくて

ひとつに つながれなくて

こわくて

飛び込んで

つながってく その日まで

 

涙の数だけ

傷の数だけ

私と僕は

二人抱き合った

繋がった よろこびが

大きくなるから

 

ずっと ずっと

恋したてのような

幸せな 老後が 見えているから

 

どんなに 別れても

どんなに 激しくても

私も 僕も

もとは ひとつだから

 

私は私の役割を果たすだけ。

私は皆とひとつ。

この意識でいると、確かに全てが奇跡の連続に見えてくる。

ただ、これ、同時に、他の人の思いの追体験による溢れる喜怒哀楽をも、受け取り、受け入れてしまう状態でもある。

だからこそ、全てが我が事だから皆に優しくなるのだけれど、同時に普通なら壁があって、見えなくてすむから知らなくてすむから辛くないことも、見えて知って辛くなる意識でもある。

 

だから、この意識に達すること自体が難しく(と、いっても、タイミングがやってきたら自然とそうなるけれど)また、達したとしても、維持することが難しい。

 

また、いくら我が事とはいえ、この意識にたてたって、何にも出来ない。

出来ることはきわめて少ない。

だからこそ、余計に辛くなる。

 

意識を変えていけるのは、自分一人までなんだ、という絶望もある。

いや、そもそも、自分一人すら、コントロール出来やしない。

 

ただ、私の役割のうちのひとつに、苦しみから抜ける生き方へ向かうヒントを、様々な形、その人が一番受け取りやすい形で残しておくこと、がある。

 

私の出来ることは小さい。

だけど、受けとるあなたが、よりよく生きることが出来たら……全ての人が、最後の試練を受けるまで位、進化をとげれば、きっと生きやすい地球になるだろう。

 

新しく生まれる魂がいつもあり、進化を拒む魂もある以上、それは理想論ではあるが。

 

せめて、停滞する魂、迷う魂が減れば……。

 

全ての場所は、切磋琢磨し、学ぶためにある。

全ての出来事が、学びである。

だから、意外な突破口が見えたり、出来ないーと足掻いていたのに、あっさり出来る日がやって来たりする。

 

だから、そのちょっとの進歩を待ち望みながら、練習を重ねているだけなのだ。

今日も、明日も……魂の統合を終え、死という寿命が訪れる日まで。

だから、気長に、なんですよ。

 

 

覚悟をかためる、ということ。

愛とはなんだろうか?

厳しさだろうか?

優しさだろうか?

傷だろうか?

愛で満たされる、とは?

 

自立とはなんだろうか?

経済力を他人に頼らないことか?

いや、経済の本質そのものが、他人との関わりなのに?

 

精神的自立とはなんだろうか?

愛に気付くこととは?

 

カルマによる人間関係のつながりが95パーセントをしめている。

だから、私たちが、私が、なぁんだそういうことか、と気付いていくタイミング、ひらめくタイミングがやってきたら、相手は私の視界から消えてしまう。

逆にいうと、どんなに喧嘩して呪ってみても、嫌いを連発しても、カルマの関係が清算されていないうちは、消えたくてもお互いに離れることも、消えてしまうことも、出来ない。

 

魂の傷を癒す、唯一の手立てが、この世界の理について、自分の腑に落とすこと。

 

また、5パーセントの関わりは、魂の家族の関係。

だから、その人のカルマの清算が進んでいるかそのままかとは関係がなく、ただただずっと側にいながら、時に憎まれ役を買いながら、時に助けあいながら、ずっと縁が切れずに、転生修了までの一万年以上の時を共にしている。

 

だから、初対面でも、兄弟姉妹や親子のような感覚になる。

また、実際の親子、兄弟姉妹の関係の人に、この魂の家族の関係の人がいることも多い。

もちろん、魂の家族と、実際の家族は別物なので、実際はカルマの関係である家族ももちろんいる(というより、確率的にそっちの方が多い。)

見分け方は、私が独立したときも、カルマの精算が終わったように見えても、死別しても、縁があるかどうか。

カルマの関係の親子、兄弟姉妹だと、自分の魂のテーマを生きている真っ最中(つまり、実家でのテーマをする必要ないとき)は、連絡が遠くなったり、年に一度も会わなくなったり、忘れたりします。わかりやすく極端な場合を書きましたが、まぁ、ここまでわかりやすく会わないことは珍しいかもです。何だかんだいいながら、実家のカルマって割りと一生抱える人がほとんどですし。

 

魂の関係の親子、兄弟姉妹は、何だかんだいいながら、一生ずっと連絡が密にあったり、偶然会えたりしますし、忘れません。

 

今の私は、本当の私の魂の家族グループのメンバーも知っているし、そのなかに囲まれながら生活をしている。

ありがたいことに、孤独ではない。

ただただ、ありがたい。

 

魂の傷を癒す、魔法の言葉が、このありがとう。

実に理不尽な出来事にも、学びや気付きがあり、その関わりは、実は毒でも苦しみでもない。ずっと過去に囚われていたり、ずっと学ばないままでは抜け出せない苦しみも、苦難から、学びを得れば、抜け出してしまえる。

 

諦めを得ることで、苦難が少なくなっていく。

 

そういう人に近付き、さらに良くなった。

ありがたいではないか。

今まで、ありがとう。

本心から、そういう台詞が言えるようになれれば、もうその人間関係の苦しみからは抜け出せる。

 

大丈夫。必ず終わりがある。

それを自分で決めることも、出来る。

 

愛とは、たったひとつのつながりに気付き、満たされる自分で居続けること。

 

誰にでも運命の人がいて、運命の人と互いの学びを交換し、結ばれ、この地球を共に卒業することが、皆の最終目標です。

 

一番最初に理を発見し、決めた存在も、実は男女一組で二人でひとつの魂であった……。

 

だから、一人分の玉座に二人座りながら導いています。

 

私たちは、全てつながり、ひとつだということ。

全て我が事だということ。

全て私だという事実を腑に落とす時、運命の人と結ばれる扉は開かれます。

 

ただ、それは、都合のよい王子さまお姫さまが現れるわけではありません。

むしろ、逆です。

頭抱えるような現実をみながら、運命の人にどう魂の理を理解してもらうか、腑に落としてもらえるか、また、私の足りない部分は何か。

激しく討論しあいます。

私、これから、そうなるんです。

覚悟出来てきました。

 

ただ、私もあなたも、簡単には変わりませんよね?本質は変わりませんよね?

だから、ずっと平行線のような気がするやり取りが、運命の人とのやり取り。

そう、ツインレイの試練、ということなんです。

 

それでも、ツインレイの試練に立ち向かうことが許されるのは、転生最終間際のみ。

だから、私もあなたも、力がちゃんとあるんで、大丈夫です。

これを読んだって縁があるなら、これから変わっていけるし、変えていけます。

 

選ぶのはあなたです。