華志笑の心の通信記録

日々を書き留めた雑記ブログです。

お世話って、疲れるね

生きていくことに疲れる原因はたくさんあるけど、単純に、お世話に疲れているのかもしれないよ。

 

誰かのお世話をすること、自分自身のお世話が出来ることは、自分の自由意思で生きられるって証やけども、自由って思っているより疲れてしまうことでもあるの。

 

だから、ある程度縛られることと引き換えにして、誰かからお世話されたいって思うのよね。

 

誰かのお世話をすること、誰かのお世話を受けること、それそのものは、必要なもの。

だけど、程度の問題でね、甘やかしすぎ、甘えすぎると、今度はそれぞれが、自分の生きるべき人生を生きれなくなるの。

 

1+1が、0やマイナスになってしまうのは、お互いが、お互いの存在にもたれ掛かって依存しあっているから。

 

そうじゃなくて、自分のできる範囲のことは、自分でするって関係で居続けられたら、それは無限に広がっていけるの。

 

そこには、障害のあるなしすら、実際は関係ない。

障害があって、出来ることが少ないとしても、出来ることは、時間かけてでも自分でやるって人なら、障害そのものも改善できるし、理想は、出来ないことはフォローするけど、出来ることは自分でやって、出来ることを増やすことなの。

 

まぁ、実際は、出来ることでも出来ないフリして他人にもたれ掛かってしまう方が楽なので、甘えきってしまうものなのですがね。

 

そして、片方の負担が限界超えてしまって、関係そのものが破綻してしまう。

そうやって、生き別れが訪れる。

 

だから、自立しあえる関係性って、それそのものが貴重な関係なんですよね。

 

出来ることがたくさんあるように見える器用な人に、むらがって、楽しようとしたくなるのが人間ってやつなんで、突き放すことも、適度な距離も、時には関係そのものの維持のためには、必要かなぁと思いますよ。

 

関係を解消することも、時には、必要かなぁと。

 

でも、お互いが自分の世話は自分ですることを心がけているならば、お互いが話し合い、癒しあえる関係でいるうちは、そこまでひどくならないけどね。

 

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イライラ

妊娠してから、イライラすることが増えてきた。

 

単純に、体調がよくないことからくるものかなぁ。

 

とはいえ、以前みたいな、誰にも言えずに抱え込むようなかんじじゃなくて、発散して、ぶつけられるようになってもいるので、だいぶ健全なものだとは思う。

 

ぶつけられる方はたまったもんじゃないだろうけどね。

 

日常に集中すると、不思議とブログ更新しようとか、書きたいとか、しゃべりたいという欲求が沸いてきにくくなる。

 

なので、配信も、私が暴走するような内容じゃなくなってきた。

リスナーも増えてきたので、私がなんとかしなくとも、リスナーに助けられることも増えてきたから、配信は続くとは思うけど。

 

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息子が記事を書こうとした件

妊娠がわかり、つわりがはじまり、息子を外へ連れ出すのが難しくなってきた。

 

そこで、息子にYouTubeを見せてみたら、はてブロの記事を作成しかけていたらしく、復元機能をつかうと、わけのわからへんリンクや言葉になっていないタイトルが出てきた。

 

本当に書きかけ記事の復元に支障きたしかねん。

 

やっぱり、テレビを見せるのとは、わけがちがうな。

 

息子の学習能力には、びっくりさせられる。

 

最近、心がビリビリしなくなってきた。

前と同じ日常でも、心ひとつで、こんなにも苦痛が減るものなのだな、と実感している。

 

幸せとか喜びとか情熱と呼ばれている、大きな快楽を感じているわけではない、ただただ、平穏なだけの毎日が、これほど苦しくないとは。

 

とんでもなく、毎日ビリビリする感覚が、どんどん過去のものになり、思い出になっていく。

これでいいのだ。

 

吐き出しきったのだろうな。

 

縁を切った、依存から離れた。

ただ、それが完了に近づいていく、それだけで、私が平穏でいられる。

 

平穏な幸せ、とは、本当に目立たない。

だけど、そこには苦しさがないのだ。

 

苦しい代わりに、ハイになる、そんなアップダウンの激しい感情に振り回されるのも、不幸ってわけではない。

けど、その世界には当たり前のようにあった苦しみが、ない。

そのかわり、ただただ穏やか。

 

たぶん、どちらかの世界が、心の中に訪れて、それが心地いいうちが、幸せ、なんだろう。

 

わかりやすくするために、どちらかの世界なんて書いてみたけど、実際はグラデーションで、グレーだ。

 

だから、平穏な幸せを味わっていたはずでも、ずっと苦しみを感じないですむわけでもない。

 

私という存在がある限り、どのようにも転ぶ危うさはある。

 

だからこそ、人生は楽しく、心を毎日感じて生きるとは、素晴らしいことなのだろう。

 

心のパワーを味方につけて、激しく情熱的に、何かを追いかけて生きることも私は好きやけど、それに伴う苦しさがない、この状態も私は好きだ。

 

今が一番いい。

これが、毎日しみている。

自然と穏やかに笑える、その素晴らしさに浸っておこう。

 

 

幸せ自慢も不幸自慢も真に受けなくていい。

私、幸せです。

って感じに言い続けている人は、大抵、今は満たされていなかったりする。

で、不幸です、ってかんじで、愚痴だらけの人も、これまた近づかなくていい。

自分も愚痴だらけになるからね。

 

そもそも、他人の生活の真実なんざ、ふつうは外からじゃわからないのです。

 

一連のサイゼリア騒動みて思ったのは、サイゼリア行きたかったら黙って行ったらいいんだし、行きたくなかったら黙って他の店いったり自炊しとけばいいやないか。

 

ということだけやったのです。

 

そんな私は、やっぱり他人の家で図々しくくつろいでいたい派です←誰も聞きたいとか思ってない。

 

いや、まぁ、今それを結婚生活で実行しているんですけどね←だから、聞いてないってば。

 

だから、例え私が独身であっても、独り暮らしの人と付き合いたいのです。

で、その人の家で図々しく転がり込んで、くつろぐのです。

それが、私の理想のデートといっていい。

 

だから、実家暮らしの人は、基本的にノーサンキューです。

あ、実家暮らしでも、いきなり上がらせてくれて、部屋でくつろぐデートが出来る人なら、歓迎ですよ。

 

とにかく、私は、基本的に部屋でくつろいでる人間であって、結婚生活が日常化すれば、イベントに出かけたり、祭りに出かけたりすることをたまに欲求はするが、それは、スパイスなんです。

 

で、外食は、安いのを毎日食べたくなるのは、自炊するのが面倒だからです。

ラブラブパワー、恋の力全開の時は、頑張って張り切って自炊しようとか思うし、実行も出来るんですが、恋がさめると、面倒になってネグレクト気味になっていくんです。

 

まー、典型的な結婚しちゃいけないのに結婚しちゃった女ですね。

 

実際には、毎日外食や惣菜買ってくる予算ないので、頑張って自炊していますが、やる気は断然違います。

 

因みに、子供にご飯を作ると、ひっくり返されるわ、遊ばれるわ、投げられてしまうので、やる気を失ってしまいます。

食べさせなきゃ、で、毎日食べ物用意するけど。

 

ママー今日もご飯おいしー、おかわりーとか、笑顔で言うような年になれば、たぶんやる気回復します。

 

根本的に、ご飯作るのはそんなに好きじゃないのですね。

 

とにかく、他人の家でくつろいでいたい、が、実家に帰りたくない、いや、基本的に帰れないので、ずっと他人の家で居候していたい。

自分一人で暮らしたことない。

自分一人で暮らしてみたら、案外快適ーってなりそうではあるけどね。

いろいろなところに遊びにいくのも、人に会うのも、自分の一存で全部決められますしね。

 

でも、やっぱり本当に一人ってなると、精神崩壊しますね。

そこは目に見えている。

 

理想的なのは、ずっとラブラブで、お金もあって、やる気継続させてくれるキュンキュンだらけの他人の家でくつろぐ毎日。

 

たぶん、私の周りの男が疲れるでしょうなぁ。

 

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表現すること

私は、どちらかというと、わりと常に何かしていたい方なのかもしれない。

 

ぐーたら休む時間は大事にするようには、しているんやけどね。

 

ただ、書いたり表現し続けるのは、そうしなきゃ、まともさを維持できないから、というのがあって。

 

人間、黙っていられるなら、それがいいにこしたことない。

ただ、黙っている人間は弱い。そして強い。

吐き出し口がなければ、いつか壊れてしまう。

だけど、黙って耐える度量があることは、すごいことなのだ。

 

恥ずかしい、という理由であるならば、どうかな?とは思うが。

恥ずかしいって、何か悪いことをしただろうか?

 

悪いことというのは、こらしめようとしたら、さらに自分が悪いことをする羽目になる。

だから、ほっておくのが一番いいのであって。

 

一歩引く、とりあえず冷静になる、何も言わず何もせずに待つ。

案外、これが出来ない人は多い。

これって、結局本人に余裕がないと出来ないことやからね。

 

常に第三者を頭の中に住まわせる、みたいな。

 

そんな余裕がある人は、一人よがりな暴走はあまりしない。

例えガチギレても、暴力だとか、程度をこえることはあまりないものだ。

 

一人よがりな暴走をしてしまうのは、必死すぎて余裕がないから。

余白がないともいう。

 

そして、一度、限界をこえたあとというのは、溢れ続ける感情を吐き出しきるのは、時間かかるし、また、溢れ続ける心を吐き出して、見せなきゃ、心の中は整理されないから、溢れるままに吐き出しきることは、プラスになる。

 

ずっと引き摺らないコツが吐き出すことなのだから。

 

ただ、完璧で、余白がない人の周りにいることはしんどい。

欠点だらけでいいのだ、と自分を許せていないから、他人も許せないし、ずっと誰かと戦い、ずっと誰かを責めていないと生きていけないからだ。

それは、自分自身も含んでいたりする。

 

完璧なんて人はいない。

だけど、弱さを見せられない人、人に甘えられない頼れない人はいる。

そういう状況はある。

そんな人が、数少ない頼れる人を見つけた時、全力で寄りかかってしまう。

何故なら、数的に貴重やから。

 

で、数少ない頼れる人が、逃げてしまう。

そらそうや。

だって、全力で寄りかかってくるのは、支えられる側の頑張りなしに抱っこしてくれって言うてるようなもん。

重たくてしゃーないわ。

 

だいたい、誰しも自分の人生という荷物を抱えながら生きていて、片手間に親切にしているに過ぎないのだ。

 

だから、片手間の親切の範囲内で済むつながりがたくさんある人の方が、軽くていい。

 

その、片手間親切は、吐き出して弱さを見せまくる人に手を貸していく。

理不尽かもしれないけど、相手が困っていることがわかるから、助けられるのは事実なのだ。

 

普段から片手間親切を周りにバラまくことは前提にあるけど、弱った時、弱りきる前に、うまく表現し、吐き出し、軽い親切をたくさん受けて、去るものを追わずに忘れて生きることが、一番いいのだ。

何より、ご飯

なんだか、臭い……トイレかな、と思って、オムツをもってきたり、補助便所スタンバイすると、先にご飯食べようとし出す。

いや、ご飯は朝に食べたやないか、となるのだが、さらに食べたいらしい。

ずっと食べていたいらしい。

 

男の食欲は凄いな、と端から見ていて思っていたけど、まさか生まれた時から食欲凄いなんて……

 

一通り食べたら、オムツ交換に応じるだろうか?

 

なんだか、マッチポンプな気さえしてきた。

 

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