華志笑の心の通信記録

日々を書き留めた雑記ブログです。

サボりすぎたな

こちらのブログ、サボりすぎたなー。

なんやろ、はてなブログって、そこそこの文量ぶっこんでいかんとって空気あるよね。

 

いや、どのブログでも、そうやんけ。

 

とはいえ、アメブロとかラインブログとかは、文量出せなくても許される的な空気あるような、というか、SNS的だなーとかんじる。

 

言いたいこといっぱいあるのなら、一方的な発信って、とてもいいんだ。

受信の方の事情とか、どうみられるかとか、考えずにサクサクつくれるから。

 

だけど、それも、ずっとずっと続くとは限らず、ふっと環境変わったり、状況変わったりすると、記事作成できなくなってきたり、そもそも記事作成していく意義をかんじなくなってきたりもする。

 

成果が見えないと、無意味な気がしてくる、アレね。

 

そこで、SNSのうまさよ

あれ、反応あるやん?

わかりやすく、手軽な反応が。

ビュー、見てるだけじゃなくてね。

 

もちろん、はてなブログ自体も、SNS的側面はある。コメントやスターだ。

 

そして、アフィリエイトとか広告とかからの収入とかね。

で、収入目当てにやってると、収入がない、あるいは食えないレベルがずっと続くと心折れていくんだよね。

 

だれでも、ブログできるよ、って言うけど、実際は、ある程度しこんで、あとは放置しててもいいようにしておくこと、これ大事ね。

 

だから、前編後編とか、大きなストーリー仕立てーってかんじにして、ブログやりだすと、ちょっとしんどい。

サクサク書ける体力と時間ある人は、ええよ。

だけど、ほとんどの人は、そんなわけないやん?

リアルな子育てやったり、リアルな他の仕事やったり、学業やったり、こなしながら、ブログ書いているわけやから。

 

ってことは、最初っから、一話完結で、記事作成していく、という視点が必要になるわけね。

長い話は、リブログしていって、追記していけばいいだけやねんから。

 

ほんとね、前編記事あげといて、後編記事があげられないまんま、いつの間にか放置してるらしいブログめっちゃ多いからさ。

読んでる側は、気になるやん。

だけど、それ、おそらく永遠にアップされないんやろうなーってかんじになって、離れちゃう。

小説とか漫画とか、フィクションのお話であるならば、勝手に二次創作して楽しむってかんじで読者もついてくるかもしれんけど、ノンフィクションのブログ記事に二次創作なんてできやんからな。

 

ま、記事つくるハードル下げるって意味でも、プロットの結の部分をきちんと最初に書いておく、長文記事をあげるとしても、記事の話を小分けにしない、というのは、大事なことやなぁと、最近気がついたというだけの話です。

 

ブログの長文読めない人は、最初から、娯楽っぽい内容のブログになんか来ないからね。

遠慮なく長文ぶっこめばよかったし、そのほうが流れわかりやすくて、読みやすいわな、って。

 

しかし、書く方となると、長文書かなきゃいけないという、このプレッシャーよ。

 

時間ないときは、やっぱり更新せんでもええかってなったり、そうこうするうちに、書きたいこと思いつかなくなっていくのよね。

 

これ、ヤバいやつやわ。

脱力感。

最近、排便しただけなのに、脱力する。

なんか、排便しただけで、全身抜ける感覚する。

いわゆる、排便しただけで、賢者モードになってる。

ヤバい。

わたしは、男性じゃないので、射精の感覚なんてわからないけど、賢者モードって、こういうことなんだね。

勉強になった。

 

賢者モードがひどすぎて、どうしたらいいだろうか。

とりあえず、排便をもう少し気楽に気軽にできるかんじにしないと、日常生活に支障がでて困る。

 

とりあえず、二人の息子を追いかけてもありあまる体力を養うためにも、筋力は必要である。

排便のたびに賢者モードになっている場合ではない。

 

気付けば、2018年も終わりかけている。

今日も賢者モードと戦いながら、やるべきことをしなくては。

 

ああ、賢者モード

 

1000万円の収入と同価値とは?

@serotape_takeさんのツイート: https://twitter.com/serotape_take/status/1054573280479260677?s=09

 

ま、これ、言うだけならタダ感覚で言うてるだけなんやとは思うし、意外と1000万円は豊かでもなんでもないというのはあるんですが、1000万円の収入を持つ配偶者と結婚したいのであれば、自分自身も、なんらかの能力において、1000万円と同価値の利益を相手にもたらす人になれなきゃ、1000万円稼ぐ旦那をゲットできないんです。

 

別になんの能力でも、かまいません。

 

しかし、顔とスタイルという見た目だけで1000万円の収入を持つ相手と同価値の利益をもたらそうとするならば、生まれつきの才能が必要です。

少なくとも、ミスコンテストに出場してファイナリストになるくらいの才能は、必要です。

で、これは努力でどうにかなるわけではありません。

いくらメイクの技術だとか服装のセンスだとかをがんばってみても、骨を切るレベルの整形を施してみても、上には上がいて、上位互換がいる世界なのです。

とびっきりのスタイル、とびっきりの顔というのは、生まれつきの才能なのです。

 

 

ならば、自分のもちうるカードの中で、1000万円の収入と同価値のカードは、なにかあるだろうか?

 

これ、なんでもいいんです。

ご機嫌とれるでもいいし、面白いでもいいし、素晴らしい音楽作れるでもいいし、キュンキュンくるポエム作れるでもいいし、ちょー絵がうまいでもいいわけです。

 

1000万円の収入と同価値の利益を相手にもたらす人になれれば、あなたがたの夢の結婚は実現します。

 

しかし、これができるカードを持った人ならば、たいていの願望に関しては、別に結婚という手段にこだわらなくてもよいんですよ。

 

いや、だって、結婚じゃなくても、ビジネスで充分叶うじゃないですか。

 

アフィリエイトブログだとか、YouTubeでも充分叶うじゃないですか。

ネットショップ経営でも充分叶うじゃないですか。

 

ね?自分で仕組みつくって、自分で稼げる財力あるような人なら、タワマンに住みたいレベルの願望なら、仕組みと結婚したほうがよくね?ってなってくるんですよ。

 

さすがに、願望の内容が子供ほしいになってきたら、それは結婚という手段も必要だよねとなりますが、それでも、あなたと相手がセックス大好きで、子供を授かりやすい身体で、子供を妊娠しても順調な経過でいられる健康体と産後もピンピンしている強さという才能が必要なんです。

 

これも、全員が叶うとは、かぎらない才能職です。

じゃなかったら、子宝祈願の神社なんていらないじゃないですか。

子宝ほしすぎて占いに頼る人とかいなくなるでしょ?

不妊治療とかだって必要なくなる。

だけど、現実そうじゃない。

だから、子供ほしいのならば、健康維持する努力とかかりつけの産婦人科さがしておいて、妊娠しやすい身体かどうかのチェックは必要です。

妊娠して子供産むのは、当たり前ちゃうからね。

 

結婚という手段でないと叶わない望みと、その他の手段で叶う望みは、分けよう。

 

そして、その他の手段で叶う望みであれば、自力で叶えてみせましょう。

 

すると、自分自身に1000万円の収入と同価値のスキルが身についていきます。

そうなれば、周りに1000万円の収入がある異性がいる環境が当たり前になっていきます。

で、1000万円の収入をもつ異性と結婚できるのです。

 

人間は、同価値の人間としか、つるめないから。

当たり前のことですが、忘れちゃいけないことです。

 

1000万円の価値ある人間になれば、1000万円の収入をもつ異性との結婚そのものが、どーでもよくなるんですよ。

すると、お金とかスペックとかそういうところじゃなくて、もっと違う目線で異性さがしをするようになるんですね。

 

自分にとって、一緒にいてて楽しいとかですね。

すると、ピッタリの異性が見つかり、ピッタリの結婚生活ができるというわけです。

 

そこそこ可愛くて、そこそこ家事できて、そこそこ仕事できる、みたいな、能力の掛け合わせの万能型になる、という考え方もあるのですが、これで1000万円の収入をもつ異性と結婚しても、人間には24時間しか時間がないので、どの能力もサボれないし、どの能力にも上位互換が存在するため、自分がしんどいです。

 

まぁ、雑記ブログで稼ぐより、特化ブログで稼ぐ方が、まだ楽に稼げる原理と同じですね。

 

あなたは何が得意で、何が好きで、何が相手に利益をもたらせる能力なのか?

 

そこらへん、自分がもってるカードの中から、ゴリゴリ特化して、だれも上位互換がいないポジションをゲットしていけばいいんです。

すると、決まった枠内の中で効率よく、お金稼げるし、理想の異性と結婚できるし、理想の生活を送れるわけです。

 

上位互換がいないポジションをつくりあげましょう。

ミス慶応2018のファイナリスト、上野瑚子さんが素敵すぎる件

@misskeio201802さんのツイート: https://twitter.com/misskeio201802/status/1024235495608397824?s=09

 

上野瑚子さんに惚れてしもうた。

可愛いし、頭いいし、天才すぎるし、素敵すぎるやろ。

ということで、わたし勝手に拡散することにしました。

 

一日に一回投票できるのですが、正直票を押し足りません。

 

わたしの拡散力とか、ほんま大したことないかもしれないけど、わたしは、上野瑚子さんにミス慶応とってほしい。

なので、めっちゃ推すことにしました。

 

もう、わたしの語彙力足りません。

 

しばらく、上野瑚子さまの動画やお写真ながめて元気出しながら育児にはげみます。

 

上野瑚子さんいいなーって思った方は、投票おねがいします!

 

 

読んでいる人がいてくれるから

読んでいる人がいるかどうかは、わたしには、ビューの数とかしかわからない。

コメントとか、スターとか、TwitterならファボとかリプとかDMとかフォローとか、noteなら購入とかサポートとかスキとかコメントとか、そういう反応って、たいていないのだ。

フツーは、反応ない。

 

まぁ、ファボとかスキとかの反応は、けっこうハードルひくくて、投げやすく投げられやすいのやけどね。

 

ただ、配信に関しては、ちょっと特殊で、もぐってみてるだけの人も多いんだけど、なんらかの反応くれる人も多い。

これは、リアルタイムで反応して、会話を楽しまなきゃ楽しくならないという性質があるからだと思う。

 

それにたいし、ブログというのは、読者が反応しないのがフツーなのだ。

だからこそ、検索ワードを拾い上げたりして、読者がどんな記事を望んでいるのかを知ろうとする必要がどうしても出てくる。

 

それって、占いに似てるんだよね。

 

占いって、当てにいくと、コミュニケーション取りやすくなるって効果がある。

でも、本質的には、当たっていなくても相談者が幸せならば、それでよいのだ。

だから、当たるかどうかではなく、しゃべりやすいかしゃべりにくいか、なんだ。

だから、しゃべりやすいように持っていき、相談者がどんな鑑定を望んでいるのかを知り、そこから、カードの意味なり、生年月日から読み解ける意味なりを伝えていく。

 

言葉少なくして、さぁ当ててみろってかんじの相談者を相手に、占いをやっているかんじとブログを書くことは似てると思う。

 

逆に、ほんとうに追い込まれてる相談者相手の占いと、配信でのやり取りはとても似てると思う。

 

双方、求められていることもちがえば、表現もちがう。

 

ブログは、そこまで追い込まれている人を救うというよりは、大衆向けの情報収集の中から取捨選択することができるくらいの余裕がある人向けのメディアなのだ。

 

だから、どうしても、個別のことは書けなくなる。

 

noteであれば、多少はプライベートに踏み込んだことも書けるけど、それでも、有料記事をだれが買うのかわからないのだから、大衆向けの作品の域をでることはない。

 

そうはいっても、ネットでのやり取りを通じて、ある程度は、お互いに自己開示しあえてしまえるので、どことなく、どんな人なのかは把握できるものなのだ。

 

しかし、それは、ギブの人同士の話であって、匿名主義をやめた人同士の話であって。

 

匿名主義をつらぬき、テイカーでいてる人相手の場合、わたしの情報収集ばかりして、そちらの情報開示をほぼしない人だったりするから、わたしからみて、なんとなく違和感を感じたり、怪しく思ったりする。

 

なので、対応も、どうしても、疑いながらの対応になるのだ。

 

別に、名前を出せとか顔を出せとか声を出せとか言わないけれど、考えていることの内容は出しあってからの関係になってから、とか、ネット上の付き合いにも段階がある気がする。

 

その段階をすっとばすと、うたがわれるだけで、うまくいかないと思う。

 

何を望んでいるのか、素直に言ってもよい相手かどうか、わたしはつい相手をみてしまう。

 

自己開示のやり方がうまい人には、通常ならそれなりに相互のやりとりをしている人が常にいてたり、とにかくひとりのようでひとりでは暮らしていないのだ。

 

自己開示のやり方の練習としては、雑記ブログは、ほんとうによい練習になる。

自己開示する度胸がつく、という方が正しいかな。

自己開示してしまったとしても、ブログはまず読まれないというのもあるけど。

ほんとうに最初はビューの数もほとんどないままで、読まれてないことにがく然としてしまうものだもの。

 

そりゃそうだ、わたしだって、検索かけてみて、トップに出てきたそのジャンルの人気ブログや人気記事、新着記事しか読めないもん。

 

それか、SNSからたどって知り合いのを読むか、だもの。

 

だから、検索ワード対策をするか、SNSのフォロワー獲得にむかうか、どちらかはしとかないと、そりゃブログの存在を知る人自体が増えない。

両方のことをして、それでも、昔ほどは楽に読者獲得はしにくいと思う。

今、ほんとうに獲得競争は熾烈だ。

 

わかってはいるけど、最近は、どうにも気が進まないことも多い。

 

TwitterBotに任せっぱなしでも大丈夫なようにしておいたし、しばらくネットから離れようと思えば、離れても、たぶん大丈夫。

 

それでも、わたしの文章や動画が必要な人は、いつでもヒマなときに、わたしの文章や動画をみれる。

 

YouTubeに力をもう少しいれてみてもいいのだけど、最近は暑さに負けて、ダルいのよね。

 

動画投稿をしてみて、そこからやなぁ。

 

 

移動中は手持ち無沙汰だから

今日は、免許更新にいってきた。

まだ小さな子どもを預ける必要がでてくるので、もう一年先だったらいいのに、とはおもうんやけど、しゃーないよな。

久しぶりのひとりの時間。

密着しすぎや。

あぁ、カラオケいきたいなぁとか、それ以前に、いろいろあるんやけどね。

子ども育てていると、ほんまに資金どれだけあってもいい。

そう思える。

稼いだ資金は、使ってこそ。

使うことに意味がある。

そういう意味では、子ども育てている夫婦にいかにお金がまわってくる仕組みにするか、ということは、全方面にお金がまわってくる仕組みにしていくことにつながる。

独り身がお金をつかう、といっても、独り身だと、お金をまんべんなく使ってばらまくのには、限界があるような気がしていたりもする。

その人の好きな分野にしか、お金まわっていかないからね。

でも、子ども育てていると、子どもを育てる必要経費として、わりと幅広い分野にお金落としていくわけで。

そういう意味では、現在進行形で子ども育てている夫婦に資金提供していくことで、子どもを産むことを促進し、子どもの数が増えていき、世界的に勢いある国認定されて、世界の資金を集めやすくなるわけだから、子育て世代の夫婦に資金を圧倒的に集めていくことが戦略なわけで。

そろそろ、降りる駅なので、また。