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華志笑の心の通信記録

日々を書き留めた雑記ブログです。

今朝見た夢

教会のパーティにむかい、何故か三階位からまっ逆さまに落ちていくのに、心境がやっと素直になれる、行きたいところにいけると、肩の荷がおりていく、ホッとした感じがして、パーティのごちそうを口にする夢をみたんです。

周りから何を言われても、私の気持ち自体は穏やかで笑っていたので、そう悪くない夢だとは思います。

 

最近眠くて眠くてたまらない日々が続いていて、参っていたのですが、あの眠気は、夢のメッセージを伝えたかったんかなぁ?

 

今日は幾分か眠気がマシになっていたので、息子を公園に連れていきました。

 

公園でボヤ騒ぎがあったのですが、火元が人気のない公園のベンチで、私が居たところからは死角だったので、息子を遊ばせていたら、はしご車がきて、止まって、警察が事情聴取していて、はじめて火事の火元がわかったくらいでした。

 

息子に何もなくてよかったです。

 

では、おやすみなさい。

 

野菜を食べなさい。

息子が野菜を食べない。

ポイポイ投げる、残す、私たちに食べさせようとする。

ありとあらゆる手を尽くして拒否している。

 

餡掛けにしてみようかな?

前は、卵とじにアレンジしたら食べてくれたが、今回はどうだろうか?

 

癖の強い食材が嫌いらしく、トマト、ブロッコリー、椎茸への拒絶感が半端ない。

味のないのも嫌らしく、拒絶する。

 

野菜を食べないと、チビのまんまだぞって言い聞かせてみたり。

 

好き嫌いなく笑顔で食べる食いしん坊はどこへ消えたんだ?

これが噂の反抗期か。

 

うちの息子の長所として、笑顔で拒絶するスキルが半端ないため、食べたくない野菜を食べないやり方も、最初は笑顔で親にあげる、笑顔で遊んで投げる、遊んじゃダメと叱ると怒り出すというパターン。

 

俺様が透けてみえる。

 

自尊心は大事やし、褒めて育てたいのだが、褒めすぎたのだろうか?

 

自分で自分を褒めるスキルも、いつの間にか身に付いているし……。

 

私とは違う生き物の扱い方説明書が欲しい。

眠気は転機。

眠たいときに寝ることで、あの世と会議できるらしい。

しかし、寝ることができないときもある。

 

そういうときは、瞑想がいい、という。

内観するってよく言うね。

でもさ、素人がさ、瞑想ってポンって出来ると思う?

中々出来ないよね。

 

そんなときはさ、眠気覚ましがてらの作業としての表現がオススメ。

 

つまり、日記かいたり、ブログかいたり、スマホのメモ帳にメモしてみたり、白い紙にペンでぐるぐる書いてみたり、楽器ひける人なら楽器ひいてみたらいいよ。出来れば録音できたらいい。

あなたが得意なやり方で、今出来る範囲で、なんか残してみるの。

必ずしも公表する必要はない。

 

こうするとね、それをやっている間は、簡単に誰でも瞑想状態になるんだよね。

 

寝るわけじゃないけど、ちゃんと、寝ることに匹敵するメッセージがおりてくれるの。

だから、本当に寝るわけにいかないけど、眠気がどんなことをしても取れないときはオススメのやり方。

 

え?そんな時間が取れないから困ってる?

まぁ、素直に眠れたら、それが一番よいのにこしたことはないし、こういうことが出来るなら眠れそうなもんだけどね。

あんまり無理したら、それこそ倒れちゃうよ。だから、寝る時間は大事、休みは大事ですよ。

仕事の休憩中とか隙間時間に手軽に瞑想が出来る方法なんで、一回試してみてください。

 

あせる必要なんかない。

女は、とにかく迷う。

人生における選択肢が多すぎるから。

だから、人生の岐路の度に、自分の心の声をきき、自分で判断する必要がある。

 

ここを、他人の声で代用しちゃうと、後々、後悔したり、心身の調子を狂わしてしまい、嫌でも自分の声に従う人生に導かれ、修正されていく。

 

なかには、ずっと他人の声で迷いながら、生涯をとじる人もいてても不思議じゃないのだけどね。

ここまで他人の声がたくさん聞こえてくる時代に突入してしまうと、自分が誰を参考にしたらいいかわからずに迷っていると自覚しないで生きるのは、逆に難しいような。

 

たとえ、周りが結婚しだしても、出産しだしても、あなたは自分の声にきいた結果、結婚したいとか子供持ちたいと思わないならば、結婚も出産も、無理にこだわる必要なんか全くない。

 

逆に、周りが結婚せず出産せずにいてても、あなたがどうしても結婚したいとか出産したいって自分の声が叫んでいるなら、突き進んでいったらいい。

 

とはいえ、結婚も、出産も、自分ひとりではなしえない、それこそ授かり物だから、ミスマッチがおきて、自分の声は叶えたいのに叶えられなくて苦しくなることはある。

逆に、まだ今は他にやろうと思っていたのに、降りかかってきてびっくりすること、悩むこともある。

 

だけど、忘れないで。

 

この世界は、みんなの思いで出来ている。

 

みんなの、というところがミソで、あなたひとりではなく、あなたの知り合いだけでなく、あなたが知らない、思いもしない方向の思いも混じっているから、ミスマッチがおきてしまう。

 

だからって、あなたが受けとるばかりの役割はしなくていいの。

あなただって、自分の声を誰かに叫んでみていいし、自分の声を表現してみていいの。

すると、迷っていた、ささやかな声が、増幅されて、はっきりと見えてくる。

あなたを導いてくれる。

 

必ずしも、人間の言葉に無理矢理当てはめなくていい。

上手である必要もない。

まずは、感じて出すこと。

 

そうして、出会って、語り合うなかで、ひょっとしたら、結婚に結び付く出会いがあるかもしれないし、そうでなくても、自分の結婚や子供に対する思い、親子関係の新たな発見につながるかもしれない。

すると、自然と、自分の声の方も、どんどん今出来る方向へシフトしていく。

結婚や出産、子育てに対する執着がとれたら、案外必要じゃなかったかもしれない。

 

それよりも、やりたいこと、別の役割の方が楽しくてたまらなくなるかもしれない。

 

もしも、世の中の女性が全員、結婚して子供を授かり育てる人生をおくっていたら、それはそれで窮屈な世の中だし、子供の性別や人数や経済状況で、また狭い枠の中で比べて悩むだけ。

 

女性にとって、結婚は必ずしも幸せではないし、結婚してもしなくても、働かなきゃ収入が足り苦しくなるのは、実はかわらない。

そもそも、働かずして得たお金で生活なんて、なんだか申し訳なくて思うように遣うことに歯止めかかりやすいし、その気持ちすらなかったら、それはそれで人間的にどうなんだってなりませんか?

 

だから、結局、仕事自体は、どんな形であれ、やりつづけることに意味がある。

 

もちろん、自分が好きなことが収入につながって生きている人たちは、単純に羨ましいかもしれない。

金いっぱいあるように見えたりするかもしれない。

 

好きなことだから、本人はあまり苦しく思ってない場合も多いけど、好きなことを仕事にしてる人って、好きなことの分野での練習の数、場合によっては発信数が半端ないんだよね。←ここ重要。

 

 で、色々な人と交流していたりする。

 

好きなことを仕事にするために、やれることは全部捧げていたりするの。

それでも、報われるのはごく一部で、報われてるようにみえる人が羨ましいかもしれない。

 

ただ、報われたとしても、何億も稼いでみせる状況を続けること自体が難しい。

また、何億も稼いでしまえるのは、その人にとってその額が必要だから、何億も稼いでしまう状況が生まれている。

と、いうことは、必ずしも幸せではないんだよ。

 

人間は死んじゃったら、お金も配偶者も子供も仕事も何もかもを置いてしまわなきゃいけない。

 

一緒に持っていきたいよーって言いまくっても、それはわがままで。

でもね、心動かされたことだけはね、時代も次元も星もこえて持っていけるんだよね。

 

だから、なるべく喜怒哀楽を感じて生きること。

しんどいかもしれないけど、それをひとつひとつ噛み締めることが、近道かもしれないよ。

 

 

 

物書きの価値は暴落している。

SNSが普及し、ブログが当たり前になり、ネット配信も気楽に参入でき、誰しもが発信できる時代が到来した。

簡単な感想文なら巷にあふれているし、文章を無料で趣味で書いちゃう人にあふれている。

しかも、そこそこ上手い人はいくらでもいる。

確かに、文章の才能発掘は容易になったが、読み手専門の客よりも書き手が増えてきてて、書き手の価値が低くなってきている。

 

あと、読み手側と相互フォローや双方向の交流が当たり前になりすぎて、もはやどちらが影響与える側かわからない。

つまり、互いに影響与え合ってしまう今というネット時代の物書きは、万単位の人気か、力ある存在の看板持ちか、物書きの価値が高かった時代から物書きしてた人か、でないと食えない。食えないは大袈裟としても、かつてみたいな大儲けは期待薄い。

 

これは、表現のジャンルが違えど、どの芸能分野、芸術分野にも言える。

 

今は、比較的食えるジャンルが存在するが、それだって、AI台頭と、発信への壁が薄くなることがもっと進めば、食えなくなるだろう。

 

資本主義が終わりかけ、新しい時代を模索する今、同時にロボットの技術が進歩して並の仕事であれば淘汰していく中、仕事のあり方、生活のたて方も、新しいやり方を模索する必要があるかもしれない。

 

ただ、今は、まだ資本主義の仕組みが残っていて、それを無視してまで新しいやり方をごり押しするのは、家庭がある私には難しい。

 

だから、時代にあわせて変わるだけだ。

子供を公園に連れてってみた。

今日、子供を公園に連れてってみた。

3歳と1歳の兄弟のお兄ちゃんが、22歳と自称してた。可愛い。

何故にその年齢のチョイスなんだ。

で、ちょっと遊んだ。

息子も1年後、2年後は、こんな風になるのかなぁと思うと、今のイヤイヤは永遠じゃないんだなー。

頑張れる気がした。

 

で、息子の後をついていってたら、女の子が手を差し出してきたので、手をはいどうぞ、ってしてみたら、ぐいぐい引っ張られてびっくりした。子供のすることって予想がつかないから面白いね。

息子見ててくれてありがとうございます。

 

で、今日は何かと、22って数字が目に入るんだよね。

久しぶりに数秘術の本ひっぱりだそうかなぁ。

子供がうまれてからは、いたずらされたくないものはとにかく隠していたからね。

 

子供の絵本以外で紙の本読むのは久々かも。

 

紙っていいよね。

言い訳ばかりしてしまう

ブログだって、結局言い訳だ。

だから、ずべこべいわずに、バイトしてみればいいし、行動した方がいい。

だけど、上手くいかずにいて。

 

子供を預かってもらえた、としても、土日祝日は子供見てもらえる先がない。

祖父母にみてもらえる人は、少なくなっている。

なのに、人手が欲しいのは土日祝日に出てもらえる人。夜中も働く人。

今の社会自体が、子育てしながら働くことに適していないんだ。

だから、皆子供を諦めた。

子供がいないことが前提の社会のつくりだから。

 

ワークライフバランスで平日昼間だけ働く仕事のやり方をしましょう、というのは、ユビキタス社会まっただ中の今、現実的じゃない。

皆が平日昼間に働きたがるから、結局土日祝日カバーする人いない問題は解決しない。

 

土日祝日も、夜中も、病児が出たときの元気な兄弟も、出来れば病児も見てもらえるような保育態勢が出来るなら、働きやすくはなるが、今度は保育の世界に土日祝日、夜勤問題が出てくるだけで。

 

結局、土日祝日、夜勤は、可能な限りロボット化するのがある意味解決手段になるのか?

 

ただ、それは親の雇用をロボットがさらに奪うことをも意味する。

 

ロボットに出来ないことはなんだろうか?

ずっと問われている。